人に愛され、
長く使い続けてもらえる鉄器とは。
実家の南部鉄器工房を受け継ぎ、
日々黙々と鉄器をつくり続ける職人に、
時間との向きあい方、過ごし方を聞いた。
専門学校の時に祖父が死んで、実家の工房に入ったんですけど、親父とそりが合わなくて。ずっと文句言われながら作業するのがイヤになって、家出して東京のバーで働いてたんです。でも、接客が苦手で挫折して戻ってきました。それが25の時。仕事は親父の作業や他の職人、昔の鉄器を見て覚えてきました。ただ基本的に工程表もマニュアルもない世界。天気や気候で作業が変わるし、覚えたことがいちいちそのまま使えないので、つくりたいものに合わせて技術を編み出すって感じですね。日々試行錯誤で道具も自作。技術に完成はないですね。
鉄瓶のいいところはとにかく長持ち。30年は保証できます。生きている金属だから変化や劣化をするのは当たり前だけど、丁寧に修理すれば一生使える。だからこそ作り手は嫌われないものをつくる責任があるんです。また商品はお客様に使っていただいた時点で、お客様の時間の一部になる。俺たちはそこに寄り添わないとダメだと思う。自分の作品とかはどうでもよくて、お客様が朝、鉄瓶で沸かした水でコーヒーを飲むと、気分良く会社に行けるとか、そういった時間を思うことを大切にしたいんです。主役はお客様、鉄瓶はその時間の一部、っていうのが理想ですね。
昔は手帳じゃなくて普通のノートで管理してました。でも去年くらいから、息子たちの行事が増えてきたのと、仕事でも管理が必要なことが増えたんで、手帳をばっちり使うようになりました。ただ、書くのは会議とか今日みたいな取材の予定とかで、作業工程のスケジュールは書きません。俺、仕事の時間感覚が人とちがうんです。日曜日以外は基本、祝日とか関係なく働いてますし、一日の作業量も決めずに、できる時にできる作業をしてます。職場も自宅横なんで出勤時間もないし、曜日感覚がなくなることはしょっちゅうです(笑)。
東京から戻って16年。いいことも悪いこともありすぎた中で、人生の時間がどんどん濃くなっているイメージがあります。昔モヤモヤしていたことがはっきりわかった時に、それまでの時間が一気にカラフルになるような感じ。まぁ、そんなに難しくは考えてないんですけど。とにかく俺は鉄器を楽しく使ってもらえればそれでいい。職人気質とか、南部鉄器900年の歴史とかはどうでもよくて。こないだ若い人が物置の古い鉄瓶を「どうしても使いたいんです」って修理に持ってきてくれたんです。たまらなく嬉しかったですね。だってその人のこれからの時間に自分が関われるんですよ。こんな充実した仕事、そうないと思います。
※ユーザーの情報は2019年取材当時のものです。